人はみんな年をとります。年をとると運動能力は低下します。記憶もあやふやになってきます。特に最近の出来事の記憶が不正確になります。自分は役に立たなくなったのだと思う人もいるかもしれません。高齢者と共に暮らす社会を考える時、介護する対象としての高齢者を考えがちです。介護保険の登場を見るまでもなく、介護は、高齢者との生活の大きなウエイトを占めます。しかし、年をとって動けなくなった人は、周りからの世話になるばかりの存在でしょうか?
実は、高齢者は、若い人には決して持てないものを持っています。それは、その高齢者の生きた過去の記憶です。例えば、私には太平洋戦争についての教科書的な知識はあっても、実際の体験としての太平洋戦争はありません。実際に体験してきた記憶、そこで得た知識は、とても貴重なものです。
こうした高齢者の持っている宝物を分けてもらうという考え方も重要かもしれません。「昔は、あそこには川が流れていて、みんなで泳いだものだ」そのような話も、その人がいなくなったら、誰も知る人はいなくなります。高齢者の話に耳を傾けて見ましょう。それは、その高齢者の生きた時代を大切にすることであり、その人を大切にすることにもなります。
昔話をしてもらうことは、別の意味でも良いことです。それは、昔の事を語る中で、脳が大いに活性化されるからです。生き生きとした体験を振り返ることは、大脳のいろいろな部分を使うのです。若い人でも老後の生活に不安を持っている人は、かなり多いようです。老後の備えとして、まず考えるのはお金でしょう。でも、それよりも簡単にできることがあります。それは、今を精一杯生きて、生き生きとした体験を頭に刻み込むことです。
|雑文・エッセイ集|